2013年5月25日土曜日

私の中での「魯菜」と「I's kitchen」の料理の理解

<以下が メニューに載せた説明でした>

魯菜とは、「砂糖や化学調味料、ラード」を使用しないのが特長の山東地方の料理で、およそ1500年の歴史があります。
こういった伝統の料理法の多くは、文化大革命時に失われ、現在では時代の流れと共に、本場中国においても料理のスタイルは変化しつつある。i's kitchen 伊藤朗子は、魯菜の手法をベースにし、日本の旬を感じる、オリジナルの料理を生み出している。


<ネットで 色々探した中で 私なりに集約してみました>
<そして 私の中での「魯菜」と「i's kitchen 伊藤朗子さんの料理」の理解>


「魯菜」 山東料理(さんとうりょうり)は中国の山東省に発祥した料理のことで、中国八大料理(八大菜系)のひとつ。北京料理の原型であり「魯菜」と呼ばれる。その歴史は北宋の頃まで遡ることができ、明・清のころには宮廷料理として北京の宮廷で食された。

「川菜」、「粤菜」、「淮揚菜」と並び、中国四大菜系の一つに数えられる「魯菜」を日本に伝えたのは済南賓館(ちんなんひんかん)佐藤孟江(はつえ)さん。店名の済南とは、山東省の省都、つまり「済南賓館」は山東料理屋。
魯菜とは、「砂糖や化学調味料、ラード」等を使用せず、素材の持ち味を活かした山東地方の料理のことで、およそ1500年の歴史があるとのこと。

佐藤孟江さんと、御主人の佐藤浩六氏は中国政府より中国で八百人しか認定されていない特急厨師の詔を賜れている。
特に孟江さんに関しては、女性が厨房に入ることを許されなかった時代にあって、済南最大の飯店で男装修行までして数千にも及ぶ山東料理のレシピをマスターし、「正宗魯菜伝人」の認定を受けた、日本で唯一の人物とのことです。

中国を代表する四大料理、その一つ北京料理。この北京料理の根幹は、山東料理。
清代に、山東料理に回族や満族の北方民族の料理が混交しその発展形が現代の北京料理であろう。
北京と山東は近いだけではなく、昔から山東は貧しい地方で、そのため料理人を多々輩出するという。

また、山東料理は昔から砂糖も料理には使わない。
それは、山東に砂糖が元々なかっただけで、そこに特に恣意はないと聞く。
しかし、砂糖がなかったことで、山東料理は「食材の旨味を甜味として引き出す!」
そう発達した所以なのだろう。ある人は、山東料理を「引き算の中国料理」と呼ぶ。

実はここ済南賓館の総厨、佐藤孟江さんは、濟南からの引揚者。
大正14年生まれの彼女は、女学生の頃から、濟南の老舗、そこの著名だった老板(老シェフ)に、山東料理を徹底的に仕込まれた。

現在では、時代の流れと供に、そのスタイルは変化しつつあり、本場中国においても、こういった伝統的料理法は、文化大革命以降、急速に失われつつあり、佐藤さんは 本場中国に教えに行ったりしていた。

i's kitchen 伊藤朗子は魯菜の手法をベースにし、日本の旬を感じる、オリジナルの料理を生み出している。